きちんと授業に出る(予備校の話)

ぴよ太郎
予備校で、時々、講師を選り好みして授業に出ない人っているよね

霊夢
ベテラン受験生に多いように思うわ

ぴよ太郎
人間だから合う合わないはあると思う。しかし私はそれで授業に出なくなるのはお勧めしない

4月から予備校へと通う人もいるでしょう。今回は予備校に行くうえでの心構えの話です。

予備校とは

医進クラス

当時、私の通っていた河合塾の医進クラスには3つあって、『エクシード京大医進』、『トップレベル国公立大医進』、『ハイレベル国公立大医進』とありました。

京大医進は10人だけの選抜クラス。トップレベルは大所帯で100人を越える程、ハイレベルは30人くらいだったかな。

注意して欲しいのは、予備校の○○クラスに入っただけで、将来が約束されたように錯覚してしまうことです。

実際どのくらい受かると思いますか?

京大医進で京大に受かるのは2~3人、トップレベルで国公立は20人、ハイレベルは通常です(ただし、その年は1人いました)。

つまり、いいとこ合格率2割です。これは授業中に先生もおっしゃっていました。「君らのうち2割しか受からないんだよ」と。倉田先生だったかな。私立も含めて2割だったかどうかは…忘れた。とにかく、そんな甘いものではありません。

予備校は、実績として合格者何人とか出していますが、その陰には大量の失敗者がいるのです。そういえば、この校舎のトップで、京大オープン模試でも極めて上位にいた人の名前が張り出されていなかったような…

昔の予備校

昔は子どもが多くて、予備校は異様な雰囲気でした。駿台に行っていたのですが、テキストが凄く小さかったです。Core1900くらいの大きさでペラペラなやつ。なぜかというと、机の奥行が30cmくらいしかなかったからです。椅子も黄色い四人掛けの長椅子。ぎゅうぎゅう詰めです。

予備校産業も一番儲かっていた時期だと思います。『立ち見』という恐ろしい風習もありました。特定のスター講師にはその先生について回る信者が湧くのです。

ある人気講師の夏期講習を取った時ですが、信者が大量に押しかけてきました。そして、教壇の回りに座り込むのです。十数人も。普段の授業でもやっていたようですが、さすがに夏期講習でお金を払っていない生徒が大量にいるのはまずいです。事務のかたが腕をつかんで出そうとするのですが動きません。

そのうち先生が、「夏期講習代は座席の費用だ」と言い出し、事務の方が追い出されてしまいました。駿台が今も座席指定なのは、その頃の名残だと思います。自由席だとそいつらに占拠されてしまうから。

ちなみに授業はほとんど政治思想的な雑談でした。知り合いの1人は、その日の授業が終わった後「今日はこれから○先生の研究会に行く」と、特定思想にどっぷりつかっていました。比喩じゃなくて本物の信者じゃん(笑)

また、ある人気女性講師の授業が、後期から別の先生に変わることになりました。どうも4人目の子供を妊娠したらしいと。その4人の子供の父親は全て教え子で、しかもそれぞれ違う人だったらしいです。

そういや両方とも英語講師だったなぁ。

当時の英語講師は、文中にやたらと書き込みを入れていました。スラッシュ(/)を入れて文構造を分析するとか。そういう妙な方法論を持っている人が人気講師ともてはやされていました。設問となっている下線部を詳細に分析するのはいいと思うのですが、それを全文やる必要はないのでは。

英語教育は確実に進歩してきていると思いますよ。

選り好みしない

トップ医進には河合塾のトップ講師が付きます。それぞれ専門科目について桁違いの知識があり、教え方も上手です。まあ、センター系の授業は必ずしもそうではありませんが。

先生を選ばないことです。好き嫌いはあってもいい。でも、それが理由で授業に出ないなどというのは駄目です。特に英語は、学力の大部分は本人の地道な努力からなっています。評判の先生の授業に出るだけで出来るようになるものではありません。単語暗記文法です。

また、モグリといって他のクラスの授業に出るのもやめておきましょう。そのクラスの生徒の迷惑になりますし、河合塾は扉の小窓からチェックをしていますから、変な緊張感で集中できなくなると思います。

好きな先生の授業は講習で取りましょう。ちなみに私は夏期も冬季も一切講習を取りませんでした。呼び出しされましたけど(笑)一つも取らなかったの私だけですって。「お金がないので取れません」と事実を言っておきました。ほんとは取りたかったんですけどね。ひたすら自習室で、前期、後期の復習をしていました。

スルー能力を鍛える

国語の第一回の記事で、古文の先生の話をしました。先生が「ミスチル」をディスった次の回、生徒がごっそりいなくなったと笑い話のようにいいまいた。しかし、本当は深刻な話です。なぜなら合格者すべて残った方にいたからです。

古文はただの国語の1/4科目と思ってはいけません。たとえ独学で40点取れるようになったとしても、授業に残った方は11分(俺13分)で満点とる訓練をするのですから、その差は点数以上に大きくなるのです。

まだ前期の中ほどだったと思いますが、その時点で半分がアウトになったのです。倉田先生は「まあ、毎年こんなもんや。授業しやすくなったな」とおっしゃっていましたが、通過儀式かい!

ところで、なぜ私が平気だったかというと、スルー能力を発動したからです。「あ、また倉田先生エキサイトし始めたなー」と思ってぼーっとしていました。聞いてるふりして聞いてない。「ふんふん」とてきとーに相槌を打つ時の感じ。無我の境地です。

よく掲示板などで言い争いをしている人いますよね。言い負かしたら勝ちでしょうか。いいえ、関わった時点で負けですよ。『自分と考えの違う人なんだなー』と思ってスルーするのが最適解です。

他人と合わない部分なんて、探せばいくらでも出てきます。いいところを探した方が建設的だと思いませんか。

人の好みは様々

特に若いうちは自分の判断を絶対的なもののように思ってしまいがちです。どこかの掲示板で、「AKBくらい可愛い子が沢山いれば、絶対に好きな娘ができるはずだ。いないなんて信じられない」と主張している人がいました。ひょっとすると若者じゃないかも(笑)

確かに小中学生の頃って、クラスのマドンナ的存在がいましたよね。人気投票などすると票が集まる人が。やはり、人類共通に感じる魅力と言うものはあるのかもしれません。

ところが、大人になると好みが分散していきそれぞれ別の人を好きになっていきます。私も20代中盤くらいより前を思い返してみると、「なんで、あんな人好きだったんだろ」と思うことがありました。

自己分析してみると、私は小さい頃、運動が苦手でした。そして、好きになるのは運動が得意な女の子ばかり。アイドルには見向きもせず、スポーツ選手が好きという。これは自己の劣等感の裏返しです。相手のことを真に理解してのことではありません。それを了解した時点で、呪縛から解き放たれました。

結局、人間関係って相性なのです。絶対的なものではなく相対的なものです。

例を挙げましょう。芸能人のノッチさんや、野々村真さんって恐妻家で有名ですよね。女性側が圧倒的に強い夫婦です。奥さまの方は、自分の言うことを聞いてくれる男(別名、奴隷)が好きなのです。逆に、ノッチさんや野々村さんは気が弱いタイプで、引っ張ってくれる女性が好きなのです…単に断れなかっただけかもしれませんが。

だから、予備校で合わない先生がいると思った時もすぐにその先生のせいにするのではなく、自分の中の何がその先生と合わないのだろうと自己分析してみるといいと思います。

今回は雑談でした。またね。