同じではない!『Evergreen』と『Forest』やわらか比較!

ぴよ太郎
次回、英文法のことをやろうと調べていたところ、EvergreenForestの内容が同じだと書いてるページをいくつか見つけたんだ

霊夢
え、同じじゃないの?

ぴよ太郎
うん、違うよ。違う箇所を見つけられなかった人が多いのだろう

次回、英文法のことをやろうと思うのですが、それに付随した小ネタです。調べていたところ、これらが同じだと書いてあるウェブサイトがいくつか見つかったのですが、それは正しくありません。

先に結論を言いますと、Forestを選ぶならEvergreenに乗り換えた方がいいです。(ただし、最近の文法書の多くは Evergreen と同等の力があります。必ずしもこれを選ぶ必要はないです)

『Forest』と『Evergreen』

総合英語Forest 7th Edition総合英語Evergreen1999年に初版が刊行され、英文法参考書の定番として多くの受験生に愛されてきたのが『Forest』です。現在の第7版をもって絶盤となります。

(注:Amazonの値段は両書ともおかしいので注意してください)

絶盤の理由は権利関係でしょう。監修の石黒昭博先生が2013年に亡くなり、残りのメンバーが桐原書店からいいずな書店に権利を移したのだと思います。

そして2016年12月に刊行されたのが『Evergreen』です。『森』から『常緑』、字面や表紙イメージもそこはかとなく似ていて、良い名前を思いついたものです。

監修とは…出版業界の古くから因習で、書籍の製作には関わっていない有力者による名前貸しです。売り上げの中から何%かそちらにお金が行きます。しかし、受験生が監修者を理由に買っていたとは思えません。こういう変な慣習はなくなって欲しいものです。

Evergreenは第8版

Evergreenは、実質的にForestの第8版と言っていいでしょう。権利関係的にはアウトですが。

他のウェブサイトでは『「Part 4 確認する」の項が新設されただけで、中身は同じ』と書いてありますが、それは正確ではありませんです。ちゃんと、Forestを改訂しています。

次の文で説明しましょう。『Core1900 ver.5』のはじめの章からの引用です。

The main reason their numbers are diminishing so rapidly is human activity.

これは関係副詞 why の省略と呼ばれるものです。手元にある Forest の第6版を見てみますと

となっています。第7版も同様でした。この説明では『the reason, the reason why, the reason that, why』の4つが同等とも受け取れます。

しかし、現代英語はそうではありません。「the reason why」という表現は使わず、the reasonwhyどちらかが省略されることが普通なのです。最近の英和辞典にもそう書いてあります。

近所の中規模書店で英文法や総合英語の書籍を見てみたところ、差があることをきちんと説明していたのが「Evergreen」「一億人の英文法」「総合英語be」「ジーニアス総合英語」で、共に桐原書店の「Forest 第7版」「アトラス総合英語」は同等に扱っていました。

昔の山口俊治先生の『総合英文読解ゼミ』には「the reason が省略される」と書いてありました。「why の省略」のことはには言及がありませんでした。

注意して欲しいことは、ここだけをもって「Forest」が駄目な参考書だと言いたいのではありません。ただ、少なくとも言えるのは「Evergreen」はちゃんと内容を更新しているということです。(まあ、少し書き足してあるだけですが)

そしてもう一つ。他の参考書も追いついていることも付け加えておきたい。もはや、「Evergreen」一択ではないということです。先ほど同じ桐原書店の「アトラス総合英語」の記述が古いように書きましたが、関係詞の説明の部分などとても分かりやすいです。

過去の私のように、英語が苦手な人はそこに関係詞がある理由すら分かっていません。それを中学レベルまで降りていって、きちんと説明してくれています。『分かっていない人が分かっていないことを分かっている』という点で、優れた参考書と言えるでしょう。

前半まとめ

Evergreen は実質的に Forestの改訂版と言えます。ただ名前を変えただけのものではありません。

そして、他の文法書、総合英語書も対等の力をつけてきています。出版社は世の流れを見定めて参考書を出してきます。いつまでも一強体制が続くわけがないのです。

大学入試は変わらない

100年前の英語

今回、色々調べていたら、Yahooの質問に面白いものがあったので少し長いですが紹介します。

今日、いいずな書店のEvergreen を買ってがっかりしました。

新しい英語参考書で、Forestが新しくなると言うので、文法も今の文法になっていると思って、昨日本屋で買って、今日学校のイギリス人の先生に見てもらったら、Forestとほとんど同じで、「100年前の英文法だ」といっていました。古くて今は使わないような例文が多くてがっかりです。

高校を卒業してから留学しようと思っていたので、こんな使えない文法書なら出さないほうが良いと思います。がっかりしました。日本の英語って何で古いんですか。

それに対しての答えが

100年前ならまだいいほうで、時々1800年代の初めに使っていた表現も日本の大学入試には出てきますから、驚きますね。

「受験英語」と言って、実用性はないのはわかりますが、大学の先生にはもうちょっと現代英語の用法を学んでいただきたいところです。

これですね。2020年度からは四技能重視といって一次試験は変わります。しかし二次試験はおそらく変わりません。実は、ほとんどの人は大学入試で読む英文が、一生のうちで出会う最も難しい英文になると思います。

単語はより専門的になります。ただ、文構造は大学入試のものが一番難しいです。

その理由は、二次試験では古典的評論文を扱うからです。評論文は知的レベルの高い人が、同じレベルの人へ向けて書く文章です。『みなまで書かなくても分かるだろ。君が俺と同じレベルならな』という妙なプライドからか、「省略」など高級な表現が多用されるのです。

古典で「ひかるけむし」と言われたら何か分かりますか?これ「光源氏」なのです。つまり、本来の古典には、濁点等の読みやすくする工夫が全くないのです。ここにも『知性のあるものなら読めて当然』という価値観が見えます。(松尾佳津子先生の本より)

 入試が中々変わらない理由

理由を2つあげます。

1つは大学入試は選抜試験だからです。中間・期末のような理解度を試す終了試験ではありません。差をつける必要があるのです。ですので、これからも難解な古い評論文は出され続けるでしょう。当然、文法書もそれに対抗するための内容になるのです。

もう1つは、文学部の先生が問題を作るからです。英文学に限らず、文学部では入試よりも“難しい”文を読むことになると思います。たとえその古典的な難しさが、現代英語とずれていたとしても。

語学や体育が必要か?

大学で、語学(特に第二外国語)や体育の授業が必要だと思いますか? もう大人なのですから、自分の人生と体育とにどれくらい関わりを持たせるかなど、自分で決めればいいのです。

そして、私が医学部の時、英語の成績は余裕で“優”でした。かつてあれほど苦しんだというのに。だって、大学入試英語と比べるとずいぶん簡単だもの(みつお)。

なぜ語学や体育が大学の授業にあるかというと、教授たちの働き口が必要だからです。そして彼らは、見栄とプライドで形作られている人たちです。自分たちは重要な存在だと思われたい。よって、入試問題を作る(あるいは必修科目である)という影響力を手放すはずがありません。

かくして文学部的な英語試験は永遠に変わらないのです。

今まで何度も入試改革が行われてきました。しかし最終的な二次試験のところが変わらない限りどうにもならないでしょう。

後半まとめ

私の提案は、「大学入試において、英語で点差をつけることをやめる」ということです。つまり、英語は一定レベルをクリアしていればOK、点差は合否に影響しないようにするのです。その点では、2020年以降の一次試験の考え方に近いです。

なぜならば、確かに文学部の人にとって英語は学問かもしれません。しかし、その他多くの学部生にとって英語はただの道具に過ぎないからです。英語は学問じゃない。どこの誰が、評論文のような高尚で難解な論文を発表するものですか。

とはいえ、入試の公平性は保たれています。一方、今度の四技能重視の試験は業者先行で決めたため、課題が噴出すると思います。また今度書こう。

少しだけ言うと、TOEICのリスニングなんてあのまま入試で使えるわけがありません。だって、あれ、他の人がどの選択肢をマークしているか、聞いていれば分かるのですよ。

おしまい。